水面の月へのメヌエット
| キリッとした眉、厳しい瞳、パリッとした白いシャツにアイロンがきちんとかけられたネクタイ。 耳に心地よく響く低音の声、時々意地悪く笑う笑顔 (あぁ、たまらない) キーンコーンカーンコーン 定番のチャイムの音と共にそんな葉の至福の時間は無情にも過ぎ去ってしまった。 教壇に立ち生徒に背を向け黒板にカリカリと文字を書いていた教師はコトリとその場に白のチョークを置く。 くるりと振り返り「今日はここまで。各自復習してくるように」とこれまたいつもの決まり文句を言うと教科書をトントンと整えスタスタと教室をでて行ってしまった。 これもいつものことだ。 葉は二ヤリと笑うといつもどおり席を立ち、駆け足で教室を出て前を歩く教師の隣につける。 教師はちらりと視線だけで葉を見たが何の反応をするでもなくすぐに視線を眼の前の廊下へと向けてしまった。これも、まぁいつものこと。 「セーンセ、」 「……なんだ、麻倉」 そっけない。 「ツメターイ」 葉がふざけて頬を膨らませながら抗議をするが溜息ひとつで一蹴されてしまった。 「………用が無いなら」 「用ならあるぞ」 「…さっさと言ったらどうだ」 「蓮ー」 「……教師を名前で呼ぶな」 多少の苛立ちを含めた声音で諭されるがとうの本人である葉はどこふく風。 蓮は溜息を大きくつくとポケットから鍵を取り出し葉へと手渡す。 葉にはきっと何を言っても無駄なのだ。教師と生徒以上の関係を持ってしまってから、常に自分は葉に振り回されている感が否めない。…教師の威厳とかそんなのは葉の前で通用しないのである。 どうしても、自分は葉に甘いのだ。 葉は蓮からその鍵を受取るなり嬉々とした表情で何時頃帰ってくる?などと小声で囁き微笑む。 蓮は葉の頭に手を置きながら少し遅くなる、とそっけなく答えた。 「浮気しないでね」 「…馬鹿か」 蓮が呆れたように呟く。 葉は楽しそうに微笑むと鍵を大切そうに握りしめ、コレちょーだいっと声には出さず口の動きだけで蓮へと伝達を試みる。すると蓮も口の動きだけで勝手にシロと言い、照れ隠しか何かなのか葉の頭をわしゃわしゃと撫ぜて歩みを速めた。 「れ、…セーンセ!」 葉が慌ててその後を追う。常に歩みの遅い葉では少し小走りにならなければ蓮には追いつけないのだ。 「なんだ、用なら家で聞いてやる」 蓮はそっけなく言い放つが、実質再び歩みは葉へと合わせられてゆっくりな歩調になる。それに気付いているのかいないのか、けれど蓮の不遜なその態度は変わらない。 葉は再び蓮の隣に並ぶとにっこり満面の笑みを浮かべた。 「今日、車で送っ」 「却下」 沈黙。 「ケチー!!」 葉が心外だと言わんばかりに抗議の声を上げた。 存外に大きな声を出したものだから周囲の視線が自然と集まってしまう。 蓮は顔を手で覆いながらハァと再び溜息をついた。 「麻倉、」 「ケチ!ケチ!!ケーーチ!」 「……子供みたいな反応は止せ」 「〜〜〜〜っ」 葉がなおも怨みがましく蓮を見つめる。 本当に子供である。 以前学校から葉を車で家まで送ったことがあったのだがそれ以来葉は味をしめたらしく、事あるごとに車に乗せろ、送れなどと言うようになったのだ。 しかしそうそう葉の希望に答えることも出来ない。蓮は教師で葉は生徒だ。バレた時に贔屓だのあーだのこーだの言われてはたまったものではない。自分はもちろん、葉だって。 蓮はちらりと葉へ視線を向ける。 葉はそれに気付くときょとんとした表情を浮かべた。 思えば、葉がこんな風にわがままを言うようになったのはごく最近のことなのかもしれない。以前はあまり自分の意見を表に出すような人物ではなかったのだ。 この間の三者面談の時にもあまり親とはうまくいっていなかったようだったし。 “甘える”という行為に臆病になっていたことは一目瞭然と言ってもいいほどだった。(葉はわかりやすい) そんな、親にも心を開いていない葉が自分にだけはようやく甘えてくれるようになってくれたことは正直に心底嬉しいけれど。 ……本当はベタベタに甘やかしてやりたいのだけれど 「?…あ、そういえば!」 蓮が思案していると、葉がいきなり声をあげた。 「どうした?」 どうやらもう車のことはいいらしい。話がくるくる変わるやつだ。 「あのな、クラスの女子がセンセーのコト、ストイックだって言ってた!」 「……ほう。」 「………なんだ、意外と反応が無い」 「どう反応しろと」 蓮がジト目かつ呆れた視線で葉を見つめると、葉はふふふと笑った。 「センセーのどこがストイックなのかな、って」 【水面の月へのメヌエット】 知ってる?センセーはケダモノなんだよ? 欲にマミレタ瞳でオイラを犯すの!! |
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